2020.04.24
よくある人類二分割論でいうと(笑)、
人類は、変化に乗っちゃう人と、そうでない人がいます、よね。
いい、わるい、ではないと思います。
私は乗ってしまうタイプかなぁ〜。
どちらかというと。
ま、それはさておき。
私はここ4〜5年の間に、ぼんやりとこんなことを感じています。
・物質的なものから、そうでない何かへ
・資本主義的なものから、そうでない意義や考え方へ
・幸せの独り占めから、幸せの分かち合いへ
ある日突然、ややぁっとなにか大変革が起きる(起きた)という感覚ではなくて、
徐々にそっち方面に向かって歩き始めてみた???どう???ぐらいのイメージです。
そういう「気配」っていうのは、
自分の関わる周辺からや、見たり聞いたりしたメディアなどからになるので、
バイアスがかかってないわけではないから、
全体を見たときにそうかどうかはわからないと思いますが...。
私は、5年くらい前からヨガ(の哲学)を通して、
幸せのあり方について考えたり、
人とのつながりや関わりについて考えたり、
私がこの世界でするべきことについて深く考えたりしています。
それより以前はどうだったかというと、
実はやっぱり同じようなことを考えていたと思います。
頭の中でいろいろ考えるのが好きなので。
例えば、お金に代わる、物や行為の対価はなんだろうって考えて、
貨幣を使わない生活を試みた人たちがいましたよね。
ニュースを追ってないから、その後どうなったかわからないけど、
そういう次の時代への新しい試みって、とってもいいことじゃないかと思います。
一足飛びに「お金のない世界」にはなかなかならないかも知れませんが、
現実としては、手で触れるお金は消えつつあります。
私も知らない古い時代には、
現金の入ったお給料袋が銀行通帳の印字になったりしたと思いますが、
今はコンビニのセルフレジで自分でバーコードを通して、スマホを当てたら決算完了です。
電車の改札を通るのにきっぷを買う機会もずいぶんと減り、
レジの横には少額小銭を入れる募金箱を見かけなくなりました。
徐々に便利になって、新しいシステムが導入されて、
日々それを利用しているうちに、なんとなくやり過ごしてしまうけれど、
そうやって変化していくことは、知らぬ間に私達の思考や行動を変えていくでしょう。
いや、もう変えさせられているのだと思うけど、
立ち止まってそれを確認もせず流されている、とも言えるかも知れません。
「気づく」ということは、今ここから始まる「その先へ」と繋がります。
なんとなく流さないで、時々立ち止まってみて、いろんなことに気づいていくのも面白いと思いませんか?
そういう意味でも、どんどん変化に乗っかって、今この時を味わうのも楽しいものですね。